易経と西洋思想
3000年前の中国で生まれた『易経』は、占いの書であると同時に、世界最古の哲学書の一つです。20世紀には、ユング、ライプニッツ、ニールス・ボーアといった西洋の知識人が、それぞれの問題意識から易経に深く関わりました。これらの記事は、その「知られざる影響」を辿るシリーズです。
易経の読み方・立卦の手順
問いの立て方から、三枚硬貨法、変爻、之卦の解釈まで——3000年読み継がれた易占いの全手順を、実際にそのまま辿る。
リヒャルト・ヴィルヘルムと易経:青島の22年
儒学者・労乃宣のもとで22年を費やし、1924年に独訳『易経』を完成させたルター派宣教師。近代西洋思想における易経の存在様式そのものを、ほぼ単独で形作った人物の伝記。
孔子と易経:「十翼」が易経を哲学にした
伝統的に孔子に帰せられる十の注釈「十翼」が、卜筮書としての易経を、東アジア2000年の哲学的正典へと変えた。「韋編三絶」の伝説、繋辞伝の形而上学、そして十翼の真の作者をめぐる現代の研究。
ユングと易経:共時性の発見
翻訳者リヒャルト・ヴィルヘルムとの出会いから、30年にわたる個人的な占筮、そして1949年の有名な序文へ。ユングが「共時性(シンクロニシティ)」を構想する過程で、易経が果たした役割。
ライプニッツと易経:二進法との符合
1701年、北京にいたイエズス会士ブーヴェがライプニッツに送った64卦の図。それを見たライプニッツは、自分が20年かけて作っていた二進法そのものをそこに発見した。
ニールス・ボーアと易経:相補性と太極図
量子力学の相補性原理を打ち立てたノーベル賞物理学者は、1947年の叙勲時、自分の紋章の中心に太極図を選び、その下に「Contraria sunt complementa(対立するものは相補的である)」と刻んだ。
ジョン・ケージと易経:偶然性の音楽
1949年の鈴木大拙の講義をきっかけに、ケージは易経を作曲のための「偶然性の操作」として用いた。1951年の『Music of Changes』から、1984年のコモドール64用プログラムまで——20世紀音楽を変えた手続き。
フィリップ・K・ディックと易経:『高い城の男』を書いた神託
1961年、ディックは『高い城の男』の執筆中、登場人物が決断するたびに易経を引いた。卦が返した通りに人物を動かし、結末まで神託に従って書ききった。1963年のヒューゴー賞受賞作の制作秘話。
ヘルマン・ヘッセと易経:『ガラス玉演戯』と「蒙」の卦
1925年のヴィルヘルム訳への書評から、「蒙」の卦をめぐる名高いエッセイ、そしてノーベル賞受賞作『ガラス玉演戯』の組合せ論的構造まで——20世紀ドイツ文学が易経と結んだ深い縁。
ボブ・ディランと易経:グリニッジ・ヴィレッジから「Changing of the Guards」へ
1961年に飛び込んだフォーク・シーンの蔵書、1971年と1978年のインタビュー、そして謎めいた楽曲『Changing of the Guards』——ノーベル文学賞詩人の音楽に滲む易経。
オクタビオ・パスと易経:陰陽、『白』、『連結と分離』
1990年ノーベル文学賞のメキシコ詩人、駐インド大使時代に易経の陰陽構造と出会い、それを文化を横断する格子として『連結と分離』(1969)に展開した。
ジョセフ・ニーダムと易経:『中国の科学と文明』
ケンブリッジの生化学者が58年をかけて全27巻の『中国の科学と文明』を著し、易経を世界科学史の正典に置き直した経緯。「ニーダムの問い」と「相関的思考」の概念。
ヘルムート・ヴィルヘルムと易経:北京1943年「易経八講」
リヒャルト・ヴィルヘルムの息子は1943年、日本軍占領下の北京で易経8講を行った。後に出版された『易経八講』は、戦後西洋学術における標準的な二次文献となった。
ヴォルフガング・パウリと易経:共時性と量子物理学
ノーベル物理学賞の物理学者がユングと25年にわたり書簡を交わし、易経を本気で論じた。1952年の共著『自然と心の解釈』は共時性理論を初公表した本。
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